ご無沙汰もいいところ。桜の花見にしか訪れてくれない業平へのぼやき。

　伊勢物語第十七段には、繋がりのもろい仲の二人が登場します。

　何年も顔を見せなかった男性（業平）が、桜の盛りに、とある主（あるじ）の家の花を見に訪れたのです。

　何だか、ちゃっかりしていますよね。女性にしてみれば、目当ては自分なのか花見なのかと邪推するのも頷（うなず）けます。

　嬉しくないわけではないけれど釈然としないので、つい、歌でぼやいてしまいます。

「桜といえば、いつ咲くか定まらない気まぐれで有名な花。その花のように当てにならず、滅多に来ないあなたでも、桜《私》は待っていたのよ」

　と。

　ちくりとやられた業平のほうも、黙ってはおらず歌で応えました。ここでは種明かしを致しませんが、彼なりの〝今日来なければならなかった理由〟が語られ、なかなか見事なこなし方ですので、ぜひ物語をご参照下さい。

　主の家の様子を描いたのが下掲の物語絵です。

Scenes from the Tales of Ise（部分）メトロポリタン美術館所蔵

　家の庭には桜が満開です。こんな景色のご馳走に与（あずか）れるなら、花見の頃には訪れたくもなりますね。女性の家の庭に満開の桜があるのが、この十七段の物語絵のキービジュアルです。

　部屋の脇にはお付きらしい女性たちも描かれていますが、彼女たちのことは本文にはありません。主の女性の箔付けにでしょうか、この絵では画家が足したものと思われます。

　実をいえば、本文には主の性別も描かれていないのですが、平安の当時は女性が家や財産を継ぐことが主流でしたので、この場合の家の主は女性なのです。

　チェスタービーティ図書館所蔵･絵本の物語絵でも、主は女性です。この絵には外に男の従者が描かれています。

　ところで、江戸期には〝家の主＝男性〟と、観念が変わっていましたので、この家の主を男とする説を取るケースがありました。大英図書館本の伊勢物語図會のように、桜の下で座す男性たちを描いた物語絵が見られるのは、そういうわけです。

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