番外編/歌川広重・伊勢物語絵を描いた著名な絵師たち その⑦ 前編
東海道五十三次を描いた連作が代表作であることからもわかるように、歌川広重は風景の活写を得意としていました。
広重の遠近法に感銘を受けたゴッホが、彼の画を何点も模写していたことも有名ですね。
ですが、風景画家として名を成す前は美人画、役者絵、挿絵とおよそ何でも手がけていましたので、そもそもはオールマイティで、そちらの分野でも優れた作品を残しています。
その歌川広重が、伊勢物語をテーマに描いた団扇絵が残っています(下掲)。
これは伊勢物語中のひとつの山場になっている第六段・通称「芥川」をモチーフにしたものです。ここでは簡単にしか触れませんが、許されない仲の二人のお話で、この絵は恋情が募ったあまり、男が女性を家からにわかに盗み出してしまう名場面です。この「芥川」のキービジュアルとしてよく描かれるのは、女性を背負った男性が河原をさまよっているところです。二人とも貴族ですが、急な出来事でしたので、雅びな衣装を着けたまま、男性は(絵では見えませんが女性もおそらく)裸足です。ここまでは、概ねどの物語絵も同じです。センセーショナルなこのシーンの物語絵には名作が目白押しで、それはまた別の機会にご紹介したいと思いますが、今回は広重の絵の特徴をご覧下さい。
注目していただきたいのは、人物ではなく背景に描かれている葭蘆(かろ)の原です。手前の蘆は大きく描かれ、遠くになるほど小さく、しかもうっすらと、ぼやけるように描かれているのが見て取れると思います。遙かに遠い叢(くさむら)は、目にもあえかな霞み方です。
さすが遠近法の名手! ……と、速筆でささっと描かれた無辺との境界を惚れ惚れと眺めてしまいますね。
そうです。この団扇絵の一幅にも、広重の持ち味はいかんなく発揮されているのです。本作などは、描き手の個性が極まった物語絵だと思います。
※(編集部より)HPでお知らせ致しました通り、当ブログが電子書籍『名画で読む服部真澄の伊勢物語絵解き』として刊行されました。大幅に加筆され、紙の書籍では持ち運びもなかなか難しい643ページのボリュームで物語絵を収載。海外美術館の伊勢物語絵もリンクでご照覧いただけます。また、引き続き特別に同書より数編をブログ掲載いたします。
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