身分の高いある人に藤を届けた業平。添えたのは春を惜しむ歌だが……。

　業平と藤原家との因縁は、彼が臣籍に下ろされてしまったことに端を発しています。業平は元ロイヤルファミリーですが、祖父の帝が変を起こしたことで臣下となり、いわゆるお妃候補の女性たちには手が届かなくなってしまいました。

　にもかかわらず、業平は、当時の政界トップで、お妃候補を輩出している藤原北家の女性に恋をしてしまいます。

　 業平が真剣な恋をした多賀幾子と高子は、いずれも藤原北家の身内です。許されない恋に走ったことで、結局は出世の道からも外れてしまいました。

　そんな事情を踏まえて読むと、第八十段は含みのある段です。

　この段では、衰えた家に藤を植えている人が、春の終わりの雨の日に藤を折り、身分の高いある人の家に歌とともに届けます。

　ぬれつつぞ　しゐておりつる　年の内に

　はるはいくかも　あらじとおもへば

（雨に濡れて難儀しながら、あえて折った藤の花です。春がもう一日もないように思えますので）

　キービジュアルには、庭に藤のある家が描かれています（下掲）。伴に藤の枝を折って来させたところでしょうか。

伊勢物語絵巻〈部分〉国文学研究資料館蔵　鉄心斎文庫

　前掲の歌は、表向きは藤の見頃の残り少なさを惜しむ風流な歌ですが、さらに深い底意が籠められています。

　次回はその含みについてお話致します。

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