第三段の物語絵でプレゼントを受け取っているのは、ヒロインではなくお付きの女性。
伊勢物語第三段は、主人公の貴族の男が意中の女性に贈り物をする話です。
彼はプレゼントに当時の高級品「ひじき藻」を選び、切ない歌を添えて贈りました。この段は話の内容から、通称「ひじき藻」として知られています。
さて、今回はその段の物語絵を見てみましょう。
下掲のスペンサー絵巻では、白装束の男性が縁側に上がり、部屋から出てきた女性にひじき藻を渡しています。
男性の白装束は白張あるいは白丁(はくちょう)と呼ばれるものだと思われます。白張は貴族の供人(ともびと)などが着るものですので、贈り物を持参したのは主人公のお使いの者ということになります。
それに対して、縁側でひじき藻を受け取っている女性が描かれていますが、この女性もヒロインではなく、ヒロインに仕えている女性なのです。
では、ヒロインはどこにいるのかと申しますと、座敷の奥に佇んでいます。(下掲 拡大図)
この頃の貴族の恋人たちは、プレゼントのやりとりさえも、こうしたお使いの人々──侍従や供人──を介して行うのが一般的だったのです。現代的感覚からすればまどろっこしいようですね。
ひじき藻の本文は下掲のように短く、供人も侍従も登場していません。ところが、物語絵にはあたりまえのようにお付きの人々が描かれています。この段のように、物語絵には、文中に書かれていないかつての習俗が表れているケースがあるのです。
三 むかしおとこありけりけさうし
ける女のもとにひしきもといふ
ものをやるとて
思ひあらは むくらのやとにねもしなん
ひしきものには そてをしつゝも
二条のきさきのまたみかとにも
つかうまつりたまはてたゝ人にて
おはしましける時のこと也
対して、供人のほうは白張は着ておらず、水干(すいかん/平安時代の男子の普段着)姿のようです。細かいことですが、この絵の供人は縁側に上がっておらず、沓(くつ)を脱いではいるものの、一段低い上がり口(沓脱ぎ)の上で贈り物を捧げるように渡しています。時代的なものも加味されているのかもしれませんが、より謙(へりくだ)り、主の恋人の女性を敬った表現に見えます。縁側に面した部屋の御簾もすべて下げられており、外からは部屋の中がのぞき込めないことを表現しています。ヒロインの貴族女性は奥の部屋で、几帳(きちょう)に半ば隠されて、届いた恋文らしきものを読んでいます。まさに深窓の令嬢です。(続く)
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