ふとしたときに夫が垣間見た、わが妻の知られざる姿とは……?
さて、今回は前回お話しした幼馴染み二人のその後のお話です。彼らはやがて恋仲となり、念願叶って連れ添うことができました。
ところが、めでたしめでたしとはいきません。ともに暮らすようになった二人ならではの問題が持ち上がりました。大人になれば誰もが直面する、お金の苦労がはじまったのです。女性の親が亡くなり、資産も乏しかったので、生活がたちゆかなくなってゆきます。
そこで、男のほうは、いまの連れ合いの家(大和国・いまの奈良県)に住みながら、新たに裕福な女性のもと(河内国・いまの大阪府東部)へと、二国間の山々を越え、はるばる通うようになりました。
当時は現代のような一夫一婦の結婚制度ではなく、連れ合いは心(もちろん社会的事情も考慮されますが)の赴くままに結ばれたり離れたりしたのです。
とはいっても、この物語の男性はけっして新たな恋や浮気をしたわけではありません。彼は背に腹は代えられず、経済的な理由から河内の女性の懐を当てにしたのです。
当時は、男性が女性の家に通う〝通い婚〟が通常でした。その間は婿入りのような形となり、男性が女性サイドの資産の恩恵に与(あずか)れましたので、このようなこともままあったのです。
とはいえ、新しい女性のもとに通うとなれば、そもそもの連れ合いは気が気ではないはず。ところが、彼女は彼を責めもせず送り出します。男のほうにしてみれば、あまりにもあっさりと見送られるので〝さては、自分の留守にほかの男でも通わせているのでは〟と、疑心暗鬼にかられます。真相を確かめたくなった彼は出かけるふりをして、そっと隠れて前庭の植え込みから彼女の様子を窺うのです。
そのシーンが下掲の図です。
案じていた別の男の影はありません。それどころか、彼女は連れ合いがいないからといって身繕いに手を抜くこともなく、むしろ綺麗に身なりを整え、国境の竜田山を越えて行き来する彼の無事を祈る歌を切々と詠んでいたのです。
彼は改めて彼女の嗜みと思いの深さに感じ入り、愛しさが増して、河内へ通うのをやめてしまいます。この一節は通称〝竜田越え〟と呼ばれています。
上掲の伊勢物語図や大英図書館本伊勢物語図会では、この女性の傍らに琴が置かれています。下載の奈良絵本でも琴の一部が見えており、この女性が管弦に覚えのある、教養を備えた人であることが表現されています。琴がない絵もありますが、まずこれがキービジュアルといってもいいでしょう。
実は、ここで描かれた彼女の品の良さは、二十三段の〆となる一節、通称〝高安〟の伏線になっているのです。(次回に続く)
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